聖護院の続きを、と思ったけれど、Wikipediaを読まれた方がわかりやすいと思うので止します。
襖絵の存在が霞んでしまうくらい、錚錚たる聖護院の歴史に圧倒されてしまった。恥ずかしながら、山伏はただの胡散臭い人たちだと思っていた。修験者について知ることが出来て良かったと思っている。
寺にある襖絵は殆どが20年前に一斉に修繕されたそうである。京都と江戸の狩野派が描いた絵が殆どである。待合の間に使われているクジャクの絵がきれいだった。
次の待合の間に使われている襖絵には波が描かれている。長谷川等伯の有名な画である「波濤図」に影響を受けたと言われているらしい。
こちらには波の荒々しさがうまく表現されていないので、波濤図の方が優れている、という評価を受けているらしい。等伯の作品のような荒々しさはないけれど、金箔と白の絵の具の対比が優雅で私はこちらの方が好きだった。