読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

lulu_batailleの日記

日々起こった事、思った事を記していきます。

Nさんと会う

龍玖と帰宅した。瑞麗さんのお迎えは頼んで、用意をしてアパートメントを出た。9番に乗り、Michel-Ange – Auteuilで降りた。10番のメトロに乗ろうとプラットホームへ向かっていたら、大勢の人がホームから上がって来ていた。前にいた人がその内の一人に訊ねたら、電車は止まっている、という事だった。また9番に乗り、違う電車に乗り換える事にした。確実に遅れるので、テキストをNさんへ送った。

何回か折り返して、初めに会うはずだった図書館の隣にある、別の図書館前で待ち合わせる事にした。メトロに乗っている時は基本的にインターネットは使えないのだが、たまにつくときがある。その時に最寄りの駅と道順を調べた。

図書館はQuartier latinにあった。久しぶりに来たので嬉しくて辺りを眺めながら目的地へ向かった。Panthéonの前の通りに正面玄関が面していた。すぐ前にあるバス停でバスを待つ人、タバコを吸いながら本を読んでいる人、グループで談笑している人たちがいた。

辺りに漂うタバコの煙を避けながら待っていたら、少し遅れてNさんが出てきた。挨拶を交わしてから「あなたとパリでまた会うなんて不思議な気持ちだわ。」と言われた。「私もたまになぜここにいる事になったんだろう、と自問する時がある。」と答えた。

何を食べましょう、と話しながら、15分ほど歩き回った。色々な店でメニューを覗いた後、ベジタリアンに対応しやすい中華料理にする事にした。

外は急に気温が下がって寒かったが、お店の中は暖かかった。元はビストロだったのではないか、という内装の雰囲気の良い店だった。4品頼んだので、食べきれるのか心配だったけれど、運ばれて来た料理のお皿が小さいのでホッとした。

食事をしながらこの夏に起こった事を手短かに話した。Nさんはかなり吃驚していた。それから夏の終わりにお世話になったKさんの話になった。Nさんは彼女には一度しかあった事がなく、あまりよく知らない、と言っていた。共通の友人から「京都で助けてくれる人を紹介して欲しい。」と頼まれたので、私の事を話した、との事だった。

f:id:lulu_bataille:20161204163513j:image

Nさんは彼女が今関わっているシュールリアリストの女性の著書と、クロアチア出身の詩人ラドヴァン・イヴシックが書いたアンドレ・ブルトンの晩年についての著書をプレゼントしてくれた。読む本が無くて困っていたのですごく嬉しかった。Nさんは以前ここでも話した様に、展覧会のオーガナイズのためにフランス中を動き回っていると同時に、自分の作品も書いている。彼女がリサーチしているシュールリアリストが、著名な作家たちと交わした書簡がアメリカのある機関に保管されているらしく、それを研究し本に纏めるために、Fellowshipに申請しているそうである。この仕事にかなりかなり気持ちが入っているそうで、申請が通るかやきもきしながら待っている、と言っていた。 

話し込んでいて気がつくと午後10時前だった。場所を変えよう、という事になった。夕食はNさんがご馳走してくれた。Luxemburgの近くになるカフェに入った。暖かいワインがあるわよ、と言われたが、飲んでみたいけれど、飲んでしまうと前後不覚になって会話が成り立たなくなるので、カフェインが入っていないコーヒーにした。

Nさんから「ロンドンとパリのどちらが好きか。」と訊かれた。パリだ、と答えると、理由は、と続いた。良く訊かれる質問なので、いつも話している事をそのまま述べていた。それを黙って聞いた後、Nさんは「きっとあなたがパリを好む理由は、日本で私が感じていた事と一緒だと思う。」と話し始めた。

Nさんは8年前にヴィラ九条山に滞在していた。一旦帰国した後、ご主人のTさんの仕事の関係で、京都に戻ってきてそれから約6年間暮らしておられた。「初めの頃は日本語を本気で勉強していた。だけど日常会話は少し出来るようになった頃、本を読んだり、文章を書いたりするレベルにはとても行けない、と気づいた。私は作家だからそれが耐え難く、それならもう無駄だからと、すっぱり日本語の勉強は止めた。それからはあくまでも外国人として、入り込まずに日本での生活を楽しんでいた。今でもその選択をして良かったと思っている。」と言っておられた。

人が何を言っているのかわからないから耳を塞ぐ必要がなく、自分の好きな情報だけ取り入れているのだから楽しいのは当たり前なんだ、と納得した。

バルセロナに行った時、現代美術館で展示されていたカタロニア人の現代作家の、その文化背景が色濃く出ている作品を見た。現在のバルセロナが、いかにアメリカ文化の影響を受けているか、それでいて独自の文化も守り続けているか、と言う事が表現されていた。それらを見て、改めて日本やアメリカとの文化の違いに驚いた。

勿論、それが理解できたのは、その作家の表現力が優れていたのもあるけれど、やはり英訳された作品の説明文を読んだからだった。

Nさんに軽々しくフランスの文化について対等に話しはとても出来ない。アートの話もそうで、久しぶりに真剣に自分の意見を述べ、なぜその考えに至ったか話した。まだまだ勉強が足りず、恐縮しながらだけど、すごく楽しかった。

Nさんのご主人は一人でブレーメンに滞在している。彼も娘のBちゃんも、週末にはしょっちゅう家に戻って来るそうである。「帰国する3月末までにまたパリに来るようにしてみる、それから家にもいつでも来ていいわよ、小さな村だから何もないけれど、海岸を歩けるわ。」と笑って言われた。

午後11時15分頃、お店を出た。彼女はRERに乗り、私は10番のメトロに乗って帰途に着いた。