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lulu_batailleの日記

日々起こった事、思った事を記していきます。

Jardin de Monet à Giverny

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昨日から夏時間が始まり、一時間早まったので寝坊をした。

朝10時半には到着した。とても美味しくないカフェオーレを飲んでから庭園へ入った。

先にモネが移住してくる前に作った庭を見学した。開園に当たって、花をつけている植物を全面に植えた、という印象を受けた。次に専用の通路を通り、睡蓮がある後に作られた方の庭へ向かった。

 

思っていたよりもこじんまりとしていた。庭の作りのせいか、歩き回っているうちに日本の庭園にいるような印象を持ち始めた。睡蓮の季節には早すぎて、芽すらも出ていなかった。それでも柳や木々の新緑が水面に映る様子は綺麗だった。

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アトリエは新しくペイントされ、お土産売り場になっていた。写真に残されている、当時の様子を思い浮かべようとしたけれどできなかった。

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自宅に沢山飾られていた浮世絵が一番印象的だった。黄色いダイニングルームの壁にもいくつも掛けられていた。

街は施設が集中している所は観光地の風情だったけれど、丘を上ると閑静な道が続き、大きな邸宅が並んでいた。

 

庭園を出て、モネのお墓がある教会へ向かった。とても見晴らしの良い丘の上にあった。裕福な家が多いせいか、趣向凝らした趣味の良い墓標が置かれていた。モネと彼の家族のお墓も綺麗に手入れされていた。

教会のドアが開いていたので、中に入らせてもらった。首がない聖人の像がいくつかそのまま置かれていた。鳥が中に迷い込み天井を飛び回っていた。

その後、ゴッホが最後に暮らした町へと向かった。

Auvers-sur-Oise

こちらの町はモネの庭園のある町よりも小さく、中流階級の人が住む町という印象だった。まずやはり丘の上の教会にあるゴッホと彼の弟のお墓を訪れた。墓地の奥の方に小さな墓石が2つ並び、その上は蔦で覆われていた。ゴッホをサポートしていた、そして最後を看取った医師が、蔦を植えたそうである。弟はゴッホが亡くなった明くる年に亡くなっているが、墓は別のところになった。彼らの死から40年後に、弟の棺を掘り出し、ゴッホの傍へと移した、との事だった。

 

ゴッホが下宿していたカフェはレストランとして経営されている。中を覗いてみたら雰囲気の良い場所だった。2階にある彼が使っていた部屋はそのまま残していて、見学者を随時入れているみたいだった。

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最後にまた教会へ戻った。中には結構人がいて、ゆっくり教会内を歩きながら観賞していた。滞在中、ずっとバルプオルガンが鳴り響いていた。「ここは光の入り方が特別なのです。」とそこで三脚を使って写真撮影をしていた女性が言っていた。確かに暖かい光がステンドグラスを通して降り注いでいるような気がした。