lulu_batailleの日記

日々起こった事、思った事を記していきます。

御陵の洋館と蔵

アーティストのYHさんのご実家へ行って来た。

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山科へ行くのは恐らく初めてである。東西線へ乗り換えて思ったよりずっと早く到着した。YHさんが駅の改札口まで迎えに来てくださっていた。傾斜がきつい坂を登り(東海道だそうである)、木に囲まれた洋風の入り口にたどり着いた。家は洋館風で、昭和初期の建築だそうである。それから程なく蔵も建てられたらしい。

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玄関の間口が広くて、昭和初期の時代設定のドラマに出てくる家の様だった。YHさんのお母様が玄関で迎えてくださり、そのまま奥の居間へと通された。そこで冷たいお茶を頂き、1時間ほどお話しをした。お母様は京都の方なので、興味深いお話しを色々伺った。この間私の家にも来ていただいたので、家の事も沢山話した。来ていただいた時も賞賛の嵐だったのだが、今回も引き続きお褒めの言葉を頂いた。建築士さんに是非お話しを伺いたい、とおっしゃっていた。

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その後、家の探検をさせて貰った。YHさんはきちんとした方なので、失礼のない程度に写真を撮らせて頂いた。なかなか普通の京都の町家では見られない、ヨーロッパで使われていたような意匠が至る所にあり、YHさんのお爺様の素晴らしい趣向が見受けられた。

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京都に戻られたら使っておられるという2階の部屋へ案内された。東側に面していて、山科の山々が見渡せる素晴らしい眺めだった。たまたま箱から取り出された古い人形が、棚の上に置かれていた。

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YHさんがそこに暮らしたのは12歳から17歳までの5年間だけだったので、彼女の幼少時代のものがあったりということはなく、少なくともお母様はずっとそこに長く住まれているにも関わらず、所帯染みた雰囲気の全くない不思議な空間だった。一旦居間に戻り、今度はコーヒーを頂いた。すっかり熱が醒めたので、コーヒーを飲むのは久しぶりだった。その後帰る前に蔵を見せて貰う事にした。

蔵は母屋と建造された年月日はそんなに変わらないにも関わらず、傷みがあまりなくいつでも住めそうな状態だった。YHさんはそこにご自分の作品をいくつか置いていらっしゃる。搬出の際、運ぶのを手伝っていた友人が、保管場所が倉庫や物置ではなく蔵だった事にかなり驚かれていた、とおっしゃっていた。私も大好きな空間だった。

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丁度その頃に、息子さんのJ君が龍玖と分かれて浜大津から戻って来た。お母様とJ君にお別れをした。YHさんは駅まで見送ってくださった。また京都での再会を約束し帰途に着いた。YHさんとJ君は明日パリへ戻られる。今回はゆっくりお話しが出来て良かった。