アトリエには10人くらいの人が作業をしていた。最近はいつも人で一杯だ、とオーナーのBさんが言っていた。朝行った時には3人しかいなかったのだが、昼過ぎから続々と人がやってきた。私が好んでいる部屋は、本来は印刷用の部屋である。柱の奥に小さなスペースがあり、そこに収まっていると落ち着くので、前回と同じく作業をしようと思っている。
ここではエッチングのアトリエには珍しく屋内で喫煙が出来る。Bさんが太巻きのタバコを燻らせてながら、アトリエの部屋中を周りみんなにアドバイスをする。昨日同じ部屋でいたTさんという強そうな、でも面白い女性は、手巻きタバコを1時間に一回吸っていた。色々な年代の人が作業をしているけれど、和気藹々として良い雰囲気である。
あまりエッチングをする激しい気性の人には会った事がないのだが、一人だけ凄いな、と思った作家がいる。前にもここに書いた事があるのだけど、70年代、80年代に活躍したその人は、2メートル位の銅版にSpit biteという、腐蝕液を直接版に乗せて腐蝕させる 技法を主に使っていた。当時の銅版のための腐蝕液はDutch Mordant(日本語で何と言うのか忘れてしまった)という、気発性のあるかなり危険な溶液を使っていた。アトリエ兼自宅で作業をしていた事と、重度のアルコール中毒と相まって、あまり長生きはしなかったそうである。Spit biteだと腐蝕が浅いので、版がすぐ潰れてしまうため、エディションは小さかっただろう、と思われる。それに加えて彼の作品は保存状態が良いものがあまりなく、観覧出来る機会は非常に少ない。作家が亡くなってからすぐ、虹さんがその作家の友人と作品を保護するためにアトリエに入ったが、作家の家族が何も分からずに処分した後だったらしい。
その作家のエッチングの概念を覆す破天荒な作風と人生を見て、彼のことをNotorious Etcherと密かに呼んでいる(決して悪人だからではなく、notoriousは私の好きな言葉なので)。尊敬しているエッチングの作家のひとりである。